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行動変容はどうデザインすべきか?渦巻モデルで探るアプローチ

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Strategy & Design グループの津山です。昨今、デザインは様々な場面で用いられますが、そのひとつにサービスやプロダクトの利用者を獲得し、継続利用を促すアプローチがあります。この記事では、利用者の獲得と継続利用で求められる行動変容に寄与するデザインと、どこまでデザインは行動変容に寄与すべきかについて考えてみたいと思います。

行動変容にデザインで寄与するための考え方

少し雑な説明で恐縮ですが、利用者の獲得はAIDMA的な線形プロセスを効果的に辿ることで得られ、継続利用はゲーミフィケーション的な線形プロセス(ここではHooked model *1 を参考)において利用者に価値を感じてもらい続けられると一定は成り立つと言えると思います。以下の図はこれをひとつにして表したのものですが、まだ名前はないので仮に渦巻モデルとします。渦巻モデルの外周の円はマーケティングの活動により利用者を獲得し、内周の円はサービスデザインの活動により顧客満足度を高めることで継続利用を促します。

渦巻モデル(仮)

デザインは渦巻モデルの各プロセスにおいて、顧客や利用者に適切なインタラクションや喚起を促すヴィジュアルを提示しつつ、どんな体験になると良いだろうか?という疑問に対する回答を創出する一役を担うことができます。

そしてこの渦巻モデルのプロセスにおいて度々期待されるのは、利用者の行動変容を起こせるかどうかということです。これは特に医療、ヘルスケア、教育など、「短期的には不快や困難を伴う可能性があるものの、長期的には健康や成功が求められる場合」について、具体的にどのように行動変容を促進させることができるのか、その体験の設計に注目と期待が集まるからだと考えます。

行動変容のモデルは、1950年代初頭に開発された健康信念モデル (Health Belief Model)*2 をはじめ、いくつかのモデルがありますが、医療や教育の現場で用いられる考え方として、ジェームズ・プロチャスカらが1980年代に開発した行動変容のステージモデル*3 があります。このモデルは、人々のネガティブな行動を変えるための介入方法を以下の5つのステージに分類しており、効果的な体験を設計する上で有用なフレームワークとして認知されています。

行動変容のステージモデル

この各ステージを渦巻モデルに配置してみると、以下のようになります。

渦巻モデル(仮)に行動変容のステージモデルをプロットしたもの

渦巻モデルに配置された行動変容のステージモデルを利用者に正しく辿ってもらうために、本質的にどのようなことに注意を払ってデザインすべきかを考えてみます。個人的に一番しっくりきている行動変容のモデルは、2011年にイギリスの心理学者スーザン・ミシーが開発したCOM-Bというモデル*4 です。

このモデルは、行動変容の複雑さを包括的に捉えようとする試みで、行動(Behavior)が以下の3つの要素の相互作用によって決定されるとしています。

    能力(Capability)

  • 身体的能力:行動を実行するための身体的スキルや体力
  • 心理的能力:行動に必要な知識、認知的スキル、記憶力など
  • 機会(Opportunity)

  • 物理的機会:環境や資源が行動を可能にする程度
  • 社会的機会:文化的規範、社会的支援など、社会的要因が行動を促進または阻害する程度
  • 動機づけ(Motivation)

  • 反射的動機づけ:衝動、感情、習慣など
  • 熟慮的動機づけ:意識的な意思決定、信念、目標設定など

私の考えるイメージは、渦巻モデルに配置された行動変容のステージモデルの各ステージまたはプロセスに対して、COM-Bモデルの能力、機会、動機づけを考えていくと、効果的に行動変容のステージを進めることができるのではないか?というものです。

渦巻モデル(仮)にCOM-Bモデルを当てる

能力(Capability)は利用者自身によるので、なるべく利用者が接しやすく認知しやすいサービスやプロダクトにしていくこと、つまりアクセシビリティやユーザビリティを配慮することに貢献できそうです。

機会(Opportunity)は、物理的機会ではアクセスのしやすさやタッチポイントの提供、社会的機会では教育や情報など影響力を与えるコンテンツ、フィードバックやサポート、さらに社会的関係者の関与、例えば家族からの支援や友人の参加が考えられます。

動機づけ(Motivation)は、反射的動機づけでは短期〜中期的なこととして家族やパーソナルトレーナーとの義理人情関係、強制(罰則など)、ストーリーテリングが挙げられそうです。長期的には教育や情報の刷り込み、あるいは実際の実行経験の積み重ねが考えられます。なお、熟慮的動機づけはインセンティブの明確化や実行計画が重要になってくるのではないかと思います。

これらの実行と実現は当然ながら簡単なことではないのに加え、構築を進めていく上で紆余曲折があると思います。しかし、熱心に行動変容のための体験を創作して機能を考え、実際に利用者に提供しながらデータを得て改善活動をしていくことで、優れた行動変容サービスが構築できるかもしれません。

行動変容にデザインで寄与するときの程度について

…しかし、本当にこれで良いのでしょうか?
見方を変えれば、優れたサービスやプロダクトにより、顧客はいつの間にか渦巻モデルに巻きこまれ、コンテンツやサポートによって教育されて利用者となり、機械演算によって実行計画がお膳立てされます。パーソナルトレーナーや社会的関係者から行動を期待(もはや強制)されて、継続的に実行する頃にはすっかり考え方が変わり、手に入れたかったことが手に入っているかもしれませんが、今度は手に入れたものを失う恐怖との戦いが待っています。これで利用者は本当に幸せになっているのかと聞かれると、そうでもないかもしれません。

デザインは常に人間の役に立つものとしてその姿を現すが、その本当の狙いは、人間をリ・デザインすることである。 デザインは、個人や集団が求めるものを与えるのではない。後に求めていればと思うものを与え、我々はあたかもそれを求めていたかのようなふりをするのだ。

Beatriz Colomina, Mark Wigley – ARE WE HUMAN? (2016)*5

人間のリ・デザイン例を一番イメージしやすいのは、スマートフォンの浸透です。便益を享受する一方で、リ・デザインされてしまった私たちは多くの時間をスマホの操作に費やしており、スマートフォンがない状態で生活することは困難になっています。

上記の書籍にも書かれていることですが、昨今はどんな問いに対してのアプローチにも「人間中心デザイン」という言葉が呪文のように唱えられています。しかし、目の前に見える製品について試行錯誤する以上に、あらゆる情報を結びつけて計算して改善していく時代においては、もうほとんど「市場中心」と言えるのではないでしょうか?だとすれば結局のところ、人間中心デザインは人間の幸せにはあまり興味がないのだ、ということを示唆しています。

一方で、”UX原論”*6 の著者である黒須正明氏によると、人間中心の考え方は少なくとも3つの異なるニュアンスがあり、1つ目は人類中心主義で人間が諸物の中心であり自然界の覇者とみなす考え方、2つ目は科学技術の進歩に対して人間性の復権を主張する考え方、3つ目は人工物の利用者に人間らしい生活を提供するために適切な人工物を作ろうとする考え方があるとしています。その上で、人間中心設計の考え方は突き詰めれば自然界との共存を強く意識した方向に進むべきだと考えられる、と述べています。

また、認知工学者のドン・ノーマン氏は自著 “より良い世界のためのデザイン” *7で、デザイナーは大量消費市場のために製品を仕立てる以上のことが求められているとして、人間性中心デザインへ転換する必要があることを示唆しています。


  • 1.提示された問題(原因ではなく症状であることが多い)だけでなく、中核となる根本的な問題を解決する。
  • 2.人間、生き物、物理的環境などの生態系全体に焦点を当てる。
  • 3.長期的、システム的視点に立ち、ほとんどの複雑な問題は、複数の要素の相互依存関係から生じ、社会と生態系に最も有害な影響の多くは数年、数十年後に明らかになることを認識する。
  • 4.提案されたデザインは、それが対象とする人々や生態系の懸念に真に応えることができるよう、継続的にテストと改良を行う。
  • 5.コミュニティとともにデザインし、コミュニティによるデザインを可能な限り支援する。プロのデザイナーはコミュニティの人々が自分たちの関心事を満たせるように支援する、手助け役、促進役、助言者としての役割を果たすべきである。

これらは長期的な影響に目を向け、将来私たちが行うべき方法は何かについて提示しており、黒須氏の考えをより一歩進めて明確にしているように思います。

行動変容はどうデザインすべきか?

ただ、こうした長期的かつ、規模が大きく不可知な対象に対して、私たちはどこまでどのように行動変容についてデザインするのか、すぐにはわからなさそうです。結局、私たちは”デザインしたものに対してデザインされ続けている”のだとしたら、どこまでデザインしたら良いかわからないことを前提としてできることを見い出した方が良さそうですので、私が重視している2つのポイントを紹介します。

ひとつは、コミュニティにおける倫理を守ること。個々人が個で繋がることが当たり前となった今では、大きなコミュニティは形成も維持も難しい状況です。そのため、少なくとも自身が関わる小さなコミュニティやプロダクトやサービスにおいて、自律性、透明性、公平性、包括性などを維持管理し、絆を強める贈与的な指針がある中で行動変容をデザインできれば、短期的に誤らないことを積み重ねた結果として、長期的にも大きく誤らないことにつながる可能性があるのではないかと思います。

また、もうひとつ重要だと考えられることは、戻せるデザインにしておくことです。基本的にサービスやプロダクトは資本を大きくしなければならず、どうしても行動変容の促進を最大化する方向に走ってしまいます。そのため、過去を保存してアクセスできるようにしておくことで、時間を遡り未来を再選択できるようにすべきだと考えます。
この考えについては、テキストメディアのÉKRITS *8 で 久保田晃弘氏が予言とアーカイヴ – デザインの可逆性についてを書かれていますので、興味がある方は一読してみてください。

引用・参考文献

  • *1:Hooked Model(フックモデル)は、Nir Eyalによって提唱された理論で、ユーザーが特定の製品やサービスに習慣的に依存するようになるプロセスを説明している。
  • *2:ヘルスビリーフモデル(Health Belief Model, HBM)は、1950年代にアメリカの社会心理学者Irwin Rosenstockらによって提唱された健康行動に関する理論。人々が健康行動を取るかどうかを予測できることで、健康行動の理解と促進に広く活用されている。
  • *3:行動変容のステージモデル(Transtheoretical Model, TTM)は、個人が健康行動を変える過程を段階的に説明する理論。1980年代にJames ProchaskaとCarlo DiClementeによって開発された。このモデルは、行動変容が一度に起こるものではなく、複数のステージを経て進行するプロセスであることを示している。
  • *4:COM-Bモデル(Capability, Opportunity, Motivation – Behavior Model)は、比較的新しい行動変容モデルで、2011年にイギリスの心理学者の Susan Michie らによって提案されたモデル。行動変容の複雑さを包括的に捉えようとする試みで、健康行動の変容に応用されることが多い。
  • *5:”ARE WE HUMAN? : Notes on an Archaeology of Design” は、建築理論家のBeatriz ColominaとMark Wigleyによって2016年に出版された書籍。この書籍は、人間とデザインの関係を探求する内容で、イスタンブール・デザイン・ビエンナーレ(Istanbul Design Biennial)での議論を基にしており、人間とデザインの関係がどのように進化してきたかを考察している。
  • *6:UX原論は、日本のユーザビリティ研究の第一人者である黒須正明氏によって著された書籍。UXの概念、原理、方法論を体系的に解説し、実践的な視点からUXデザインの重要性とその応用について述べられている。
  • *7:「より良い世界のためのデザイン(Design for a Better World: Meaningful, Sustainable, Humanity Centered)」は、ユーザー中心設計の先駆者として知られるドン・ノーマンが、デザインの役割をより広い社会的文脈で捉え直した書籍。人間中心デザインの原則に基づき、社会的、環境的に持続可能なデザインのアプローチを探求している。
  • *8:ÉKRITS / エクリ は、デザイン思想のテキストをデザインするメディア。

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by Takuro Tsuyama

飲食業界で店舗マネージャを勤める傍ら音楽業界で楽曲制作や著作権管理業務に関わったのち、アプリ開発ディレクターとして経験を積む。成果を出すための「仕組み作り・仕掛け作り」に興味を持ち、2013年に Monstarlab に入社。複数のプロジェクトマネージャを務めた後、人間中心設計を学び、現在は組織マネジメント、デザインプログラムマネジメントを実践する。 HCD-net 認定 人間中心設計専門家、Scrum Alliance 認定 スクラムプロダクトオーナー

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